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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)811号 判決

控訴人 日本道路公団

被控訴人 紀村敏一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は全部被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、控訴人訴訟代理人において、「(一)原判決は、本件土地が宅地として利用しうるに適するとして、正当補償額を坪当り九、五〇〇円と認定したが、宅地として利用するに適するのは何も本件土地に限らず、近傍類地の畑地は全部同様の条件のもとにある。(二)本件土地の東側なる深草瓦町九五番地の一の畑の買収価格は坪当り五、〇〇〇円、本件土地の北側なる同所一〇〇番地の一の畑の収用補償額は坪当り五、〇四七円、同じく九二番地の畑の買収価格は坪当り四、二〇〇円であり、その他近傍類地の価格はすべて坪当り六、〇〇〇円台以下であるから、これと比較しても、本件土地に対する収用補償額坪当り七、〇三八円が相当であること明らかである。原判決はもつぱら本件土地の西側なる村田喜佐久所有の宅地と比較して本件土地の補償額を認定しているが、本件土地と右村田所有土地とは全く比較にならない。本件土地の現況は完全な畑地であつたのに対し、村田所有地は住宅の建つた、庭園を築造した完全な宅地であつた。」と述べ、

証拠〈省略〉

ほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人が名神高速道路の新設工事及び付帯工事を計画し、昭和三四年一二月二八日右事業の認定を受け、被控訴人所有の本件土地(京都市伏見区深草瓦町九四番地の一、畑一反二畝二三歩実測面積三八五坪六合九勺)を収用土地として、土地細目の公告を申請し、昭和三五年一月二二日京都府知事によりその公告がなされて後、土地収用法第四〇条の規定により本件土地所有権取得のために被控訴人と協議したが不調に終つたので、同年四月一六日京都府収用委員会に本件土地収用の裁決を申請し、同委員会が同年九月三日本件土地につき、損失補償額を金二、七〇九、六三〇円(坪当り単価七、〇三八円)とし、収用の時期を同月一三日とする収用の裁決をなし、右裁決書の正本が同月六日被控訴人に送達せられたことは当事者間に争がない。

ところで被控訴人は、本件土地は公簿上の地目は畑であるが、住宅建設の目的をもつて購入し、宅地として造成した土地で、唯暫定的に蔬菜畑として利用せられていたものにすぎないから、宅地として評価さるべく、本件土地が住宅地として最適の条件を具備していた点より見て、本件土地に対する損失補償額は金五、一五三、三七〇円(坪当り一三、三六一円余)を相当とする旨主張するに対し、控訴人は、本件土地は公簿上も現況もともに畑であつたから、本件土地が畑地として有した客観的価値によつて評価さるべく、前示取用委員会決定の補償額はこの点よりするも、また近傍類地の取引価格と比較するも相当である旨主張するので、以下前示裁決の補償額が本件土地収用の損失補償として相当であるかどうかについて判断する。

先づ前示土地細目公告当時(昭和三五年一月二二日)における本件土地の状況について考えるに、原審証人大本琢夫、同和田光数、同安原道夫、当審証人神内徳治の各証言、弁論の全趣旨により昭和三五年四月頃本件土地の現場を撮影したものと認められる検甲第一号証の一ないし四、右大本証人の証言により同年五月頃本件土地の現場を撮影したものと認められる検乙第一ないし第三号証(いづれも写真)、原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、本件土地は昭和五年五月頃被控訴人において住宅建設の目的をもつて購入し、その後間もなく西側隣地との境界に間知石をもつて石垣を築き、南側約四尺下の道路との境界にコンクリートをもつて土止め工事を施し、一応宅地として造成し、地上に庭木を植栽して将来の住宅建設用地として保有していたが、戦時中近隣の農家に食糧増産のため畑として開放し、終戦後も本件土地の管理を委託していた訴外青山和造に蔬菜畑として利用せしめ、昭和三三年秋頃まで十数年の間にわたり引続き耕作の目的に供され、宅地として利用されたことはついぞなく、庭木も殆んど存在しない状態となり、昭和三三年秋頃以後は本件土地が名神高速道路用地として買収せられる形勢となつたので、被控訴人において耕作者より返還をうけて、雑草の生い茂るまゝに放置していたことを認めることができるから、前示土地細目公告当時の本件土地の利用状況から見た現況は荒れた畑地であつたと認めるのが相当で、その後裁決時まで本件土地の状態に変化がなかつたことは弁論の全趣旨によつて明らかである。

しかしながら土地収用法第七一条、第七二条の規定によると、損失の補償は裁決時における「相当な価格」をもつてなさるべきものであり、ここに「相当な価格」とは、収用土地の客観的取引価格と解するを相当とするところ、客観的取引価格は、土地の現在の地目が何であるかということよりもむしろその客観的利用価値によつて形成されるものであるから、土地の地目が公簿上も現況もともに畑であつても、それが他方では宅地的要素をも併有し、容易に宅地として利用しうる状況におり、宅地として、利用価値を有する場合には、宅地の価値をも加味して評価し、損失の補償をなすのが相当であると考える。控訴人は、現況が畑であれば専ら畑として有する客観的価値によつて評価し、宅地的利用価値の考慮は主観的価値の混入として排斥すべきものゝ如く主張するけれども、宅地的要素は客観的にも存在し得るものであるから、右見解は採用しえない(成立に争のない乙第一号証、原審証人増谷正三、和田光数の証言によれば、京都府収用委員会が前示補償額算定の基礎とした鑑定人の評価額も、決して本件土地を単なる農地としての利用価値によつて評価したものではなく、将来宅地として利用しうる客観的価値を有することを考慮しての取引価格であること明らかである)。

そこで本件土地が宅地として利用しうる状況にあつたかどうか、及びその宅地としての利用価値の程度について考察するに、前掲各証拠に、原審証人大藪吉雄、同西岡恒幸、同千葉兼五郎、同増谷正三の各証言、成立に争のない甲第一号証、第七号証、右西岡証人の証言によつて成立を認める甲第三号証、被控訴人本人の供述によつて成立を認める甲第四号証、右千葉証人の証言によつて成立を認める甲第五号証及び当審検証の結果を綜合すると、前認定の如く、本件土地は嘗て一応宅地として造成され、それが後に畑として耕作の目的に供されるに至つたものであるから、これを復元し、さらに宅地として完成するには別段地盛りその他に大工事を必要とせず、雑草を取除き整地する程度のことで比較的簡単容易であり、また宅地としての転用許可をうることもさして困難でなかつたこと、本件土地はその立地条件よりしても住宅地に適し(深草地区の東部高台地に位置し、高燥、閑静にして環境良好、交通機関も京阪電鉄藤の森駅まで約七〇〇米、徒歩十分余り、京都市の都心に至る同市営バスの停留所も徒歩約五分の近距離にあり、京都、大阪市内への通勤にも利用可)、本件土地の西隣りには村田喜佐久の住宅、北の方には少し離れて多数の住宅が存在し、近い将来に附近一帯が住宅地として発展する可能性が大で、近年需要度が非常に多くなつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、本件土地は宅地として相当大なる利用価値を有し、単なる畑地としての価値よりもむしろ殆ど宅地に準ずる程度の取引価格を有したものと認めなければならない。

そこで右の観点に立つて本件土地に対する相当補償額について考えるに、原審証人安原道夫の証言によつて成立を認める乙第三号証の一ないし三によると、財団法人日本不動産研究所大阪支所は昭和三五年六月二二日現在における本件土地の価格を坪当り単価七、〇〇〇円と評価し、住友信託銀行株式会社京都支店は同月二四日現在における本件土地の価格を坪当り単価六、五〇〇円と評価し、三菱信託銀行株式会社京都支店は同月二八日現在における本件土地の価格を坪当り単価七、〇〇〇円と評価したことが認められ、成立に争のない乙第一号証によると前示京都府収用委員会の決定にかゝる補償額坪当り単価七、〇三八円なる金額は、本件土地の現状を畑地と認定した上、右各鑑定者の評価額に鑑定の時期と裁決の時期との間における取引時価の謄貴率を勘案したものを基礎とし、協議の際被控訴人が主張していた宅地的要素を若干加味して算定せられたものであることが認められるところ、右各評価額は、前認定の本件土地が具備する宅地としての利用価値及び原審証人西岡恒幸、同千葉兼五郎の証言に照らし、本件土地の宅地的要素に対する斟酌度合が少なきに失するものと認められ、右鑑定が京都府収用委員会の委嘱に基きその一方的指示によつてなされたものである点を考慮すると、適正な取引価格よりも大分下廻つているものと認めざるをえないから、これを基礎として算定された裁決の補償額も相当な価格とは認め難い。一方前掲甲第三ないし第五号証によると、安田信託銀行株式会社京都支店は昭和三五年二月二〇日現在における本件土地の価格を坪当り単価一二、〇〇〇円と評価し、社団法人全日本不動産協会京都府本部は同年五月九日現在における本件土地の価格を坪当り単価一二、〇〇〇円と評価し、三井信託銀行株式会社大阪支店は同月二八日現在における本件土地の価格を坪当り単価一二、〇〇〇円と評価していることが認められるけれども、甲第三ないし第五号証各評価書に記載の評価理由と原審証人西岡恒幸、同千葉兼五郎の証言によると、右各評価額は本件土地を造成済の宅地と同様にみなし、前認定の本件土地の現況を軽視して評価せる嫌いがあることが看取されるから、右鑑定が被控訴人の委嘱に基きその一方的指示に基きなされたものであることを考慮すると、適正な取引価格よりも大分上廻つているものと認めざるをえないから、そのまゝ無条件に採用することはできない。

そこで当裁判所は、前認定の本件土地の現況と宅地としての利用価値に照らし、裁決時における本件土地の適正なる取引価格は、前示京都府収用委員会の委嘱によつてなされた鑑定評価額のうち高い方の坪当り単価七、〇〇〇円と前示被控訴人の委嘱によつてなされた鑑定評価額一二、〇〇〇円との平均価額である坪当り単価九、五〇〇円と認める。

ところで控訴人は本件土地の近傍類地の取引価格はいづれも坪当り六、〇〇〇円台以下であるから、前示裁定額は相当である旨主張するので考えるに、真正に成立したものと認める乙第二号証の一ないし五、八、九、成立に争のない乙第一号証、甲第一号証によると、本件土地の東側に隣接する久保源治所有の深草瓦町九五番地の一の畑は昭和三五年六月一七日坪当り五、〇〇〇円で、同土地の北側に隣接する同人所有の同所九六番地の一の畑は同日坪当り四、三〇〇円で、控訴人に売渡され、本件土地の北側東寄りに隣接する辻井重蔵所有の同所一〇〇番地の畑は同年九月三日坪当り五、〇四七円で収用せられ、本件土地の北側西寄りに隣地する辻井作造所有の同所九二番地の畑は同年九月六日坪当り四、二〇〇円で、同土地の西側に隣接する同人所有の同所九一番地の二の畑は同日坪当り四、一〇〇円で、その北側に存在する同人所有の同所九一番地の一の畑は同年一一月二七日坪当り四、五〇〇円で控訴人に売渡され、本件土地の西側に隣接する村田喜佐久所有宅地の西側に隣接する辻井治男所有の同所八五番地の一の田は同年六月一七日坪当り六、五〇〇円で、控訴人に売渡され、同土地の西側に存在する青木庄次郎外五名共有の同所八四番地及びその北側なる同所八六番地の各田は同年九月二四日坪当り前者は六、一四五円、後者は六、四二〇円で収用され、同土地の西側に存在する辻井市造所有の同所八三番地の一の田は同年六月一七日坪当り六、二〇〇円で控訴人に売渡され、同土地の北側に存在する森沢長次郎所有の同所八七番地及び八八番地の六の各田は同年六月一七日いづれも坪当り六、〇〇〇円で控訴人に売渡され、同土地の西側に存在する藤田遼造所有の同所八一番地及び七五番地の一の田は同年九月三日坪当り六、六六〇円で控訴人に売渡されていることを認めることができるけれども、右各土地が本件土地と類似の条件を具備した土地であると認むべき証拠がないのみならず、右各価格は土地収用のための協議の段階における売渡価格または裁決による損失補償金額であるから、これをもつて直ちに適切な近傍類地の取引価格と認めることは困難であり、他に本件土地に対する裁決補償額を相当として肯認するに足る近傍類地の取引価格の事例についての証拠は存しない。

一方被控訴人は、昭和三四年一月に坪当り一一、五〇〇円の価格をもつて控訴人に買収された本件土地の西側隣地に所在する村田喜佐久所有の九三番地宅地と本件土地とを比較し、本件土地は右村田所有の宅地に比し優るとも劣らぬ価格を有するから、右買収価格に、右村田の所有地が買収されてから本件土地が収用されるまでの間の土地の謄貴率を乗じて計算すると、本件土地の適正価格は坪当り一三、四五五円となる旨主張するけれども、前示証人大本琢夫、和田光数の証言によると、右村田所有の土地は、地上に同人居住の家屋が建ち庭園もある完全な宅地で、本件土地とは格段の差があつたことを認めることができるから、右主張は採用しえない。また被控訴人は、本件土地は被控訴人が昭和五年五月に代金その他諸経費に七、〇四二円余を投じて購入したものであるところ、これにその後の土地価格謄貴率七一六倍を乗じて本件裁判時の金額に換算すると五、〇四二、〇七二円(坪当り一三、〇七二円)となる旨主張し、これをもつて被控訴人主張の補償額算定の資料とするけれども、土地収用の損失補償額は裁決時における取引価格を標準とすべきもので、過去に投入した費用をそのまま資料とすべきものでないから、右主張を基礎とした補償額は是認できない。

しかして他に前認定の坪当り九、五〇〇円以上の補償額を相当と認めるに足る証拠は存しない。

そうすると本件土地収用の損失に対しては、一坪につき九、五〇〇円の割合による金三、六六四、〇五五円を補償するのが相当であるから、前示裁決の損失補償額は右の如く変更を免れず、被控訴人の本訴請求は右認定の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却しなければならない。(控訴人は、収用委員会の定めた損失補償額の変更を求める訴においては、単に補償額が不当であることを主張するに止まらず、不当性の範囲を超えて違法性にまで及ぶことを主張するを要する旨主張するけれども、土地収用法第七二条にいわゆる相当な価格によらない損失補償はそれ自体違法であるというべきであるから、不当性の程度は損失補償に関する訴の適法要件ではない)。

よつてこれと同旨の判決は相当で、控訴は理由がないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

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